『思想史研究』第27号

発行日:2020年2月20日 / 発行者:思想史思想論研究会
153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1 東京大学総合文化研究科
東アジア藝文書院(駒場)石井剛気付

□刊行に寄せて□

本誌『思想史研究』は、2001年3月第1号以来ほぼ毎年1~2冊を刊行してこの第27号に至りました。「思想史」は、英語ではIntellectual History あるいは History of Ideas と称され、Intellect また Idea は、思考・知恵・理念などと訳されます。生きている人は、大抵、互いの人また諸物と関係・交流しながら生活し、対象をめぐり何かを想像すると共に意志をもちまた記憶や期待をもって思考し続けます。その思考や想像から形作られた把握や理想の歴史が「思想史」です。本誌はその記録・解釈を21世紀始めから行っているわけです。

人間の思考や想像は、まずは行為し関与する営み内部に「暗黙のように」孕まれています。ただより関係し振り返り反省を含んでとらえ考えるとき、それが当人の心の内面の言語等となり改めて記録され、それによりまた物事が具体化されます。この「より関係し」「改めて記録する」仕事は屡々言語となり「具体化する」物事は大きく文化をも形成します。「思想史」はその文化に含まれ具体化される物事また言語世界をあらためて再考する営みです。

この振り返っての思考はミネルバの梟のようです。ただ、それは歴史を「遡る」と共にまた現在さらに「将来に向かって」もいます。この思考自体は学問であってもイデオロギーではなく、従来の史実やその把握の「歴史の中に」あり、学術としては互いを位置付け共に求める真理でもあります。こうした運動が一般に広がり始めたのは19世紀半ば以後いわば「近代化」からです。ただ20世紀半ば位までは、大抵は「国に収斂した」物事・営みでした。しかし、20世紀末から21世紀になると、インターネットとも関係して交流が地球全体によって位置付けられ、物事が地球環境によって意味を持つことが広がります。

本誌も、この21世紀始めからの地球化の歴史の一端を担った仕事です。そこには東アジア交流を担っている教員と周辺の研究者たち活動する人々がいます。最初黒住真教員のもと留学生博士課程やオーバードクターまた社会人周辺で記述機会を得ることから生まれ、24号より林少陽教員のもとで研究をより立ち上げ「査読論文」を持ち始め、この27号より石井剛教員のもと研究交流がまた更により大きくなっています。

現在、人間の思考や歴史をめぐる研究は、世の中の宣伝や力のもとで減少する傾向さえあります。対して、石井先生のもと本号は、多くの関係者・執筆者を持ち、当該大学・国といった枠組みを超え、また査読も学問的な交流の一端を担う十分な運動となり始めています。執筆・査読を始め関係して下さった方に心より感謝し、手にされる方々が批判を含めて研究の意義を捉えられ本誌からよき将来への方向が現れることを願っています。(黒住真記 / 本誌奥付より)


〔思想史論〕
謝蘇杭「近世本草学における儒学思想に対する受容と反発」

那希芳「植木枝盛の作品の判定について」
三ツ谷直子「物語における衣服と〈個〉:プルーストに見る」
白山映子「頭本元貞発行英字新聞の活用と時事英語会話の分析」
邱静「集団的自衛権・立憲主義・国民主権:60年安保前後における憲法問題研究会」
塚崎直樹「岡村美穂子と鈴木大拙」
〔査読論文〕

上野太祐「陣基は、死ねたのか」
廖娟「経書の用:新井白蛾の易哲学と日本の実占主義」
郭馳洋「章炳麟の『荀子』解釈と「心」」
胡婧「啓蒙の文脈における「近代性」批判:張君勱「人生観」」
陳琦「木刻中的東西方:1930年代中日木刻交流活動及其周邊」
建部良平「他者をその他在において理解する:丸山政治学の現代的読解」
〔研究ノート〕
澤智恵「研究ノート ジョーゼフ・キャンベルとインド思想」